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5年後の自分に恥じない自分であるために

「124」

突然ですがこれは何の数字でしょう?

ヒント:卒業前の大学生がクリスマスに懇願するもの。

学部の卒業要件単位?

いえいえ。正解は、大学2年生の前期までに私が撮った単位数でしたー。

うん分かってる。変人でしょ。

必修の授業に加え教職の単位もとらなきゃいけなかったのと、2年生後期からの留学が決まっていたので、いろんなものを前倒しに詰めてしまった結果こうなってしまった。別に単位オタクでもなんでもないんだけど…。

自分で言うのもなんだが、大学1年生の頃は筋金入りのド真面目人間だった。月曜1限から土曜2限までみちみちで授業が入り、その上週5でバイトに打ち込み、日曜日は友だちや彼氏と遊んで、今思い返せば自分の時間なんてろくに持てたもんじゃなかった。どうやって日々暮らしていたのか正直自分でも理解できない。

そんな生活が長続きしなかったのは至極当然のことで、ある日何もかもがどうしようもなくなって、実家の母の前で突然泣き崩れたことがあった。幼稚園の先生をしていた母は、19歳の大きな赤ちゃんを優しく抱きしめてくれた。

その時に言われた言葉が、今でも強く残っている。

「5年後の自分がどうなっていたいのか考えなさい」

たくさんのことに追われて充実した毎日を送るのも悪くはないけれど、それで自分の首を絞めていた意味がない。

目先の事ばかりでいっぱいいっぱいになるのではなくて、もっと先、例えば5年後にどういう自分になっていたいのか考えて、心に余裕を持ちなさい。

そんな内容だった。

長期的計画を立てるのが苦手で、突発的に行動してしまう私。後先考えず、目の前のハードルを超えるためだけに自分の限界が来るまで走り続けてしまうこの性格を、よく分かってくれている。

過去の日記からの発掘物

それからというもの「5年後の自分がどうなっていたいのか」という問いは、19歳の頃から常に頭の隅でチカチカ点滅しているようになった。

そこで昨夜ふと、5年前の自分は何を考えていたんだろうと思い、過去の日記をあさってみた。2011年の始めから書き続けている日記は、もう20冊を超えている。

5年前の4月16日の私は、偶然にも似たようなことを考えていたようだ。当日ろくに喋れもしなかったくせに、英語で何やら書き留めていた。

めちゃくちゃ辞書引きまくりながら1日がかりで書いた!あー疲れたおやすみ!!」というなぐり書きも添えられている。

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Turning metaphysical things over in my mind, sometimes I get urged to leave everything behind so as never to face inadequacy of my skill and anxiety about the future.

Simultaneously, however, I enjoy present time just as one of the phases of a preface to my entire life. Extremely luckily, I am satisfied with my life for now. I feel inward self-trust that my life will never be tedious or unfruitful unless I lose my vitality. Unless I don’t forget love, understanding, and gratitude for others.

Who could have ever predicted what’s going on around me?

And who can predict where I’m headed?

No one knows. How come should I afraid of my future then?

Sometime I would like to find and reach the point where I can attain my desire. My desire to use my skill to serving someone’s need. Thus it must be most valued to keep discovering and extending my perception, because studying now seems to benefit not only me but also everybody involved with me in my future including my friends and my students.

So I keep telling myself, “do what your heart desires and don’t forget what you need to do”, because we can never get this precious moment back.

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なんだか色々将来にむけて真面目に悩んでいたのだろう。

日本語訳したり修正を加えたりしてしまうと、今の私の解釈に影響されてしまいそうなので、あえて原文のまま記録しておく。

ところどころ文法が間違っているし、辞書に頼ったことがバレバレな表現になっているけれど、まぁ5年前の限界ということで。笑

確かに伝えたいことを表現する英語力がなくて、何をするにも辞書が手放せなかった時期があったなぁ。この文章を書き上げるのにも、文字通り何十時間もかかっていると思う。当時は、それが私にとっての「チャレンジ」だったんだろう。

5年後なんて誰もわからない

日記を読み返して改めて知ったけれど、5年前の自分に「海外で働く」という考えは微塵もなかった。ましてや「シンガポール」なんて国は意識していたかすら危うい。19歳の自分が今の自分を見たら、きっと驚くに違いない。

5年という月日があれば、オピンピックが2回開催できるんだもの。そりゃ「5年後の自分」なんて言われても現実味がない。ただ母が意図していたのはまさにこれで、先の分からないことを心配して躍起になってどうするの?ということだったようだ。

5年前の自分が書き残した言葉。

Who could have ever predicted what’s going on around me?

And who can predict where I’m headed?

No one knows. How come (Why) should I afraid of my future then?

これに限る。

5年後の自分がどうなっているかはわからないけれど、5年後の自分に恥じない自分であるために、今の私は自分のペースで一歩一歩進んでいこうと思う。

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本日も最後まで読んでくださってありがとうございました!