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シンガポールにおける外国人メイド雇用の歴史

海外生活

シンガポールで家事・育児の代行業務に従事する女性たち、通称「メイドさん」。

メイドと聞けば、秋葉原の喫茶店でニコニコ笑顔を振りまくエプロン姿や、上流階級家庭における執事や使用人的立ち位置の献身的な姿をイメージされる方は多いかもしれない。

しかしシンガポールの「メイド」の実態は、それらとは違う。

そもそもシンガポールの「メイド」は、シンガポール人ではない。

周囲の途上国から出稼ぎ目的で渡星してきた女性たちだ。

シンガポールにおける外国人メイド雇用の歴史

イギリス支配化時代のシンガポールメイド雇用(19世紀頃)

メイドという存在が決して一般的ではなかった、イギリス支配時代のシンガポール。

表向きは法的保護を掲げ、家事・子育て業務担当として大量の外国人メイドが雇用された。主に中国本土から流れ込んできた彼らは、当時amahs(阿媽)とmui tsai(妹仔)に2分されていた。

(写真:1900年代のシンガポール、洗濯物を干しながら子どもをあやすAmah/ 出展: Though Memory

前者amahs(阿媽)は、中国南部からシンガポールへ渡ってきた未婚女性のこと。彼らは本土で反婚姻運動を起こしており、自身の独立性を保持する手段として、シンガポールで家事労働に従事することを選んだ。婚姻に対する強い抵抗意思があったため、住み込み労働という形を避け、わざわざ別棟が当てがわれたこともあったという。

一方、mui tsai(妹仔)の大多数は、中国や香港の貧困層に住む15歳以下の子どもだった。自らの意思に関係なく、幼少期に家事労働者として在シンガポール中国人に雇われた。彼らは表向き就労期間終了と言われていた結婚適齢期になるまで、劣悪な労働環境下に置かれ続けたという。結婚適齢期になっても、そのまま娼婦として売られたケースも少なくない。彼らには食事・衣服・住居(住み込み部屋)という物理的支給以外は、一切の現金も与えられなかった。

1932年には英国統治者によってmui tsaiの新規雇用が禁止されているが、あくまでも「養子」という名目でシンガポールまで連れて来られる少女も少なくなかった。雇用者に外国人メイドへの不当な扱いを禁止したり、定期検診が推奨されたりし始めたのも、この頃とされる。

(写真: 1900年頃、乳児をおぶったMui tsai/ 出展: Unswept Grave

太平洋戦争/昭南島時代(1941〜1945年)とイギリスによる支配回復

日本による軍政が敷かれ「昭南島」と称されていた1941年12月から1945年9月頃は、実質的に外国人労働者雇用システムは停止されていた。1950年代に入り、日本と入れ替わりでイギリスによる植民地支配が再開すると、シンガポール人の雇用を最優先する動きが高まった。外国人を雇用する際は、シンガポール人では埋めることのできない「特出したスキルのある」者であることが条件とされた。

引き続き外国人労働者雇用に非積極的だった独立後(1965年〜)

1965年にシンガポールが独立を迎えると、ますます失業率の高さに拍車が掛かり、外国人労働者の雇用に本格的な制限がかかることとなる。

1966年に制定された移民法により、1970年の時点でシンガポールに滞在している外国人割合は2.9%に抑えられ、独立年に9%であった失業率は、1972年には4.5%に半減した。

また急増の道を辿り始めた外国人メイド雇用傾向(1970年代〜)

独立後は経済回復どころか、急傾斜で右肩上がりの成長を魅せたシンガポール。一度終息したかのように思われた外国人メイド雇用の流れは、1978年の「外国人メイド計画(Foreign Maid Scheme)」制定を機に、たちまち急速化した。政府がシンガポール女性の労働人口を増やすことを目的に、マレーシア、フィリピン、ミャンマー、インドなどからの移民受け入れを大幅に拡大したのだ。

その結果、1978年当時、約5,000人足らずであったメイドの数は、2002年には14万人、さらに2013年には21万4,500人へと跳ね上がった。2017年6月現在では24万3,000人もの外国人メイドが、シンガポールに滞在している。

EP保持者よりもダントツ多い!増え続ける外国人家事労働者数

子どものいる家庭における「夫婦共働き」と、お一人様世帯の「高齢化」という2重困難を抱えているシンガポールでは、外国人メイド(Foreign Domestic Worker)に対する期待も高い。

子育てと介護で、引っ張りだこ状態である。

2030年には、シンガポールの独居高齢者は9万人をゆうに超え、これを支えるために30万人のメイドが必要になるとも言われている。

直近5年間の外国人労働者内訳からも、家事労働を目的とした就労ビザの発行数が、増加の一途を辿っていることが見て取れる。

MOM外国人労働者数レポートより筆者作成)

メイドの大多数は、出稼ぎを目的に山岳・農村地帯から出てきた女性だ。シンガポール政府からすれば、彼らの出身国と同様の物価水準で雇用できてしまう外国人メイドは「都合の良い」存在でしかないかもしれない。メイドも自国への仕送りが可能になったりと、一見Win-Winの関係に感じられるが、果たしてそう一筋縄にいくものだろうか?

シンガポールのメイド事情を垣間見れるおすすめ映画

イロイロ ぬくもりの記憶(字幕版)

映画「イロイロ ぬくもりの記憶」は、数値だけではわからない、シンガポールのメイド事情を映し出している。

アジア通貨危機でリストラされる父、少々メンヘラで妊娠中の母、心を閉ざして問題ばかり起こす少年ジャールー、そしてそんな一家に雇われたフィリピン人メイド、テレサ。

1997年のシンガポールのHDB(公営住宅)を舞台に、ジャールーが母親代わりの様な存在のメイドと心を通わせていく過程や、それに対する母親の嫉妬心などが非常に生々しく描かれている。孤独・雇用契約・金銭トラブルといった悩みに直面するメイドの心情もリアルだ。

映画公開は2013年だけれど、シンガポール英語(シングリッシュ)や家庭内状況(母親が手料理を作るシーンがないなど)を始めとする細かな生活模様が浮き彫りになっている。

画面の細部一つ一つに注目してシンガポール要素を抽出するだけで、3回はおかわりできそうな作品だ。

夫婦両者とも収入のある仕事に専念するために家事・子育てをアウトソースするという富裕層的マインドもあれば、反対に共働きで子育てがおそろかになりメイドを雇わざるを得ない、切羽詰まった中間層があるということも、この映画のおかげで知った。

今後、シンガポールにおいて中間層によるメイド雇用があと何年続くのだろうか。なんて、シンガポールの未来に思い巡らす。

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※その他参考文献

Colonization and Domestic Service: Historical and Contemporary Perspectives, 2015

National Library Board, Janet Lim

Foreign Domestic Workers in Singapore: Social and Historical Perspectives

本日も最後まで読んでくださってありがとうございました!

  1. […] 加えた彼は今年で28歳だから、そこまで「昔」でもないだろうに。そういえば映画「イロイロ ぬくもりの記憶」でも、学校で悪さをした主人公の少年が、母親に鞭打ちされていたな。 […]

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