小さな幸せを享受するために余裕のある毎日を送りたい

Gong xi fa cai!

新しい年の幕開け。シンガポールでは行く人行く人がみんな赤い服に身を包んでいる。その様子をインド人の友達と「私らには関係ないねーw」と横目で見つつカフェでまったりしている今。ブログを書いている私、Kindleで本を読んでいる彼女とは違って、シンガポール人の友人らは皆、お正月の家族・親戚集まりのための準備で忙しそうだ。

実はこの1週間ほど、ボートクルーズでプーケットの海を回っていた。だから久しぶりに人だかりというものを目の前にした今日は、都会の現実に引き戻されてしまった感が強い。みんな一体何に生き急いでいるんだ…。そして自分もその内の1人だったのだと気付かされる。

つい数十時間前までは、雲ひとつない青空と、透明度の高いエメラルドグリーンの海に囲まれていた。船上からでも、水面直下を遊泳しているキビナゴの群れが作る無数の銀色の筋が見て取れた。ダイビングの合間にウェットスーツを乾かしつつ、インストラクターや他のメンバーと団欒。潜っては食って、潜っては食って…。あぁ幸せすぎて脳がとろける。

ダイビングでは数名につき必ず1人、海でのガイド役となるインストラクターがつく。今回のインストラクターは、世界中の海で仕事がしたい!という思いで日本を飛び出した、27歳大阪出身女子だった。日本でのOL生活に嫌気がさし、3年前に勤めていたリゾートホテルの営業職を辞職。その後旅行先で訪れたタイの海に惚れ、25歳でダイビング・インストラクターとして生計を立てていこうと決めた。とりあえず30歳になるまでの5年間続けよう、という気持ちでチャレンジしたそうだ。小柄でテキパキした物言いの彼女は、日本、メキシコ、そして今はタイの海でダイバーたちを率いる。来年からはタヒチという島国への勤務が決まっているらしい。彼女が一たび口を開けば、魚の種類や潜水テクニックなど話が止まらない。27歳にしてものすごい量の1次情報を持っている。

”期間限定”を存分に楽しむ

そんな専門知識を持ち合わせていても、プーケットのダイビング・インストラクターは、冷房の効いたオフィスで出航管理などを担うマネジメント職に就かない限り、良くて月給15万程度が相場らしい。大阪出身の彼女は社会人6年目。日本基準の手取りにしては安価に聞こえるが、月の家賃2万円のプーケットではむしろ十分すぎるくらいの給料だ。

自称「前に営業職をしていた時に標準語は完璧に身につけた」という彼女は、バリバリの関西弁で「子どもが生まれたらな、インストラクターは難しい思うんよー」と笑いながら眉間にしわを寄せた。赤の他人と満員電車に乗り、1日中ヒールを履いて敬語を使っている生活から一転。世界中から訪れるダイビング仲間とボートに乗り、1日中フィンを履いて自然に身を任せる生活になった。確かに休みが不定期で体も冷えがちなダイビング・インストラクターは、女性がそう長く続けられる職業ではないのかもしれない。貯金もこの先の人生を考えたら悩みどころだそう。ただし裏を返せば、独身で子どももいない彼女は、今だからこそできる最高に自由な選択を謳歌しているということになる。

実際に今の生活を手放して日本に戻るという道は「1ミリも考えてへん」らしい。ちなみに同船していた他4名ほどのインストラクターのうち、ダイバー歴14年だというイギリス人の金髪好青年はなんと彼女の恋人だった。来年タヒチ行きが決定している彼女とは遠距離恋愛確定だけれど、それでも親密そうな2人は、今という時間を精一杯楽しんでキラキラ輝いている。海底にいた小指の爪サイズほどのウミウシや、海面でパシッと飛び跳ねるトビウオの群れで、会話に花を咲かしている。生きている、という感じがする。

恋愛・結婚・子育て・病気・介護など、生きていればたくさんのイベントが起こる。子どものうちは100%で自分の人生を優先できていたものが、時を経るにつれてそうはいかなくなる。自分ではない誰かのために、自分の持てる時間や労力を割くことは避けられない。「海水に浸かって色が抜けてしもうた」というメッシュがかった金髪も、「直感でええなと思った国で働いてみたいんよ」という身軽さも、いつしか結婚して子どもを産みたいという彼女にとっては”期間限定”の特権かもしれない。彼らはそれを理解した上で、今の1日1日をいうを一生懸命に刻んでいるのだ。

当たり前のを享受する心の余裕

一方日本で暮らしていた時は、この1日1日の境目が非常に曖昧だった。テトリスのように積み上げられていくスケジュールを順々に消化することに精神の多くを擦り減らし、気づいたら日が昇り、また沈んでいった。時計の針や、太陽の傾きを意識することだってあまりない。忙しくなるとはそういうことだ。1つ1つの出来事を、丁寧に咀嚼できなくなる。感性が鈍る。

ダイビングに例えるならば、必死にフィンを動かしながら、絶えず激流に向かって泳いでいるようなもの。潮に流されないことに必死で、途中ですれ違う珊瑚礁や魚群を楽しむ余裕もない。大した距離を移動したわけでもないのに、流れが緩やかになる頃には無駄に披露している。

時間がゆっくり流れる場所では、当たり前のことをきちんと享受できる。小さな幸せに感謝できる。たまには激流の中でも身を任せ、しばらく水中を浮遊してみる心の余裕を持とう。そんなことを思った旅でした。

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本日も最後まで読んでくださってありがとうございました!