写真集 * Photo Walk

世界を旅して写真を撮る「Photo Walk」が好きです。
iPhone 6S Plus、NIKON D5300で、
日常の風景を撮影しています。
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国連の「オン・ボーディング」は放置主義もいいとこだった

海外生活

人間、猛暑からくる汗と、焦りからくる汗が合わさると、瞬時にして脱水症状っぽくなるらしい。

出勤初日は、正門と裏口を盛大に間違え、大学のキャンパスが丸々一つ入ってしまいそうなほどだだっ広い敷地内を走り回ることから始まった。

東ティモール国連事務所(UN House)の第一印象は、めちゃくちゃトロピカルだった。入り口でピンク色のブーゲンビリアを見たからだろうか。無事にセキュリティを通り過ぎ、UNというロゴが入った大型車が並ぶ駐車場を抜けると、赤い屋根の長細い平屋建てに行き当たった。入り口のドアに「UNICEF」というプラスチック製の看板が掲げてある。おぉ、あの車内広告でよく見るやつと一緒だ。

平屋はUN House内に何棟も列座しているようだった。それらを覆い隠すかのように茂ったヤシの木やレンブの木が、アスファルトの地面に南国らしい木陰を描いている。風が吹くたびに、サワサワという囁きが頭上から降ってくる。

同じ色・形の建物に挟まれながら足を進めると、入り口には「UNFPA」「UN Women」「UNICEF」などの札がついていることに気が付いた。なるほど、各機関がそれぞれ別の棟に入っているのか。近くでガチャりという鍵の回る音がして、すぐ右の「UNDP」と書かれたドアから、水色のIDストラップを下げた女性が急ぎ早で飛び出してきた。金髪の、年齢的には私の両親とそう変わらないように思える欧米人だ。見るからに頭良さそうだけど、怒ったら怖いんだろうな。すれ違いざまに「Hi」と爽やかな笑顔を投げかけてくれた。

レンブの実。半分に切ったペットボトルの頭を逆さにし、飲み口に長い棒を取り付ければ自作収穫棒が作れる。

初日の集合場所は「UNV(国連ボランティア計画)」オフィスだ。一体どこにあるんだろう。いろんな意味で汗が噴き出て止まらない。

ふと、平屋の曲がり角で落ち葉の掃除をしているおじちゃん職員と目があった。青色のシャツを着ている。一目で東ティモール人だとわかった。私の顔を見るなり「ゲンキデスカ」と片言の日本語で挨拶をしてくれた。そして日本人がやるように、ペコペコと赤ベコのように頭を上下させる。お辞儀のつもりなのかしら。

ゲンキです、ありがとうございます。あの、UNVオフィスを探しているんですけど…。

あーはいそうかいUNVかい、て、ありゃあんた場所知らないのかい!

はは、今日が初日なんですよ。

あーそうかいそりゃようこそティモールへ!へっへっへ。いい国だろう?えぇ?

うん、すごく好きですよ!まぁ、2日前にティモールに降り立ったばかりで正直好きも嫌いも判断できていないんだけど。おじちゃんのピッカピカの笑顔につられてしまった。場所を案内してあげるというので、恰幅の良い恵比寿様みたいな姿のあとを追った。日本から持ってきてまだ2日しか履いてないサンダルは、土ボコリのせいですでに真茶色になっている。

超放置主義だったオン・ボーディング

UNVオフィスは、正門から2番目に近いところにあった。裏口から入ったがために、かなり遠回りしてしまったらしい。とにかくおじちゃんという救世主のおかげで集合時間に間に合った。

Thank you.

私が”お願い”のジェスチャー付きでお礼を言うと、おじちゃんも箒片手に同じポーズをとって言った。

Obrigadu.

東ティモールの言語「テトゥン語」で、「ありがとう」という意味だ。初めて覚えた現地の言葉になった。

ドア横の窓にはブラインドが降ろされていて、中の様子が覗けない。空色の木製ドアをノックしても返事はなかったが、集合時間ぴったりだったので、ドアノブをひねって勝手に入ることにした。案の定、鍵は開いていた。外の熱気に対抗しているのか、冷凍庫のようにギンギンに冷え切ったエアコンの空気が体全体を瞬間冷蔵していく。入ってすぐ左のデスクに座っているティモール人女性職員が、「ハロ〜」︎と甘い挨拶をしてきた。団子鼻と背の小さいぽっちゃり体型が自分のチャームポイントだと後に言っていたが、第一印象からしてどこからどうみても自分に自信がある系女子だった。この人しか出勤していないのだろうか。

簡単な自己紹介をしていると、部屋の奥からもう一人の女性が飛び出してきた。こちらは背がすらりと高い骨川ヤセ子だ。チェコ出身のアラフォーらしい。あなたのオン・ボーディングを担当するリナよ、と自己紹介された。UN Houseの構成から、ティモールの生活状況、そして元彼に日本人がいたとかどうでも良い話までしてくれたあと、彼女は「最後のまとめ」として両手を胸の前で組んで言った。

「というわけで2日間、車を自由に使っていいから、get yourself on board, OK.」

は?

げっちょーせるふぉんぼーど?

ぽかんとしてしまった。待て、本来オン・ボーディングって雇用主側から手ほどき受けるものじゃないのか。チェコ人リナが念を押すようにもう一度繰り返す。

「2日後の朝9時に、ここで改めてブリーフィングするから。それまでに、身の回りのことを整えておいてね。ドライバーに頼んでどこでも好きなところに連れてってもらっていいわよ。」

彼女のアシスタントであるという団子鼻のティモール人職員が、よかったわね自由にできて、と言わんばかりの目線をこちらに寄こしてくる。褐色の肌に、真黄色のワンピースと白いプルメリアの花の髪飾りがとてもよく生えている。はぁ、そういう感じですか。

各国連機関には専用のドライバーが駐在していて、日中UN Houseを出るときには、行き先を告げれば仕事関連である限りどこでも連れて行ってくれる。それを最初は自由に使わせてあげるから、自分で生活環境を整えて働ける体制になってからここに来いということだった。これがスタンダードなのかと尋ねると、「違うけど、明日からちょうど2日間出張でオフィスが閉まっちゃうのよ」とこれまた衝撃の答えが帰ってきた。時間を持て余さないように好意で言ってくれてたんだろうけど、完全なる放置主義!20歳の学生に車一台与えてどっかいくなんて、ちょっと適当すぎじゃないか。

確かに出国前はオンライン研修があって、自己防衛方法や衛生管理、また当時の東ティモールでは考えられないけれど「銃乱戦に巻き込まれたらどうするか」などのケーススタディを終えて修了書を取ることが義務付けられていた。その修了書は全てオン・ボーディングで提出するようにと言われていたので、わざわざ日本で印刷して持ってきたのに。

これも後で知ったのだが、JICA(青年海外協力隊)や大使館派遣の人たちは事前語学研修があったり、オススメ住居まとめ地図をもらっていたりして、きちんとした「オン・ボーディング」があったそうだ。なんて手厚い助け!羨ましい。

東ティモールなんぞ名前くらいしか知らずに飛んだ当時の私には当然土地勘もなく、どこに何があるのかすら知らない。

生活環境を整えてきてという最初の指令のもと、2日という期限の中で、家さがしと、銀行口座設立と、その他生活に必要なものを全て揃えることになった。

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本日も最後まで読んでくださってありがとうございました!