写真で見る世界の町 - Photo Walk -

居酒屋店員のコミュニケーション能力こそ世界に誇るべき財産

日本での生活

高価そうなスーツを身にまとった中年男性が行く手を塞いだ。

「あのーすみませんお手洗ってどちらですか?」

日に焼けた肌は真っ赤に紅潮し、トマト多めのボロネーゼを連想させる。

私は失礼のないよう足を止めた。ああもうビールジョッキを4つ抱えた腕が限界に近づいているというのに!

「まっすぐ進んでいただいて、右手にございます。」

お決まりのセリフを矢継ぎ早に再生。今日だけでもう10回目。

「あ、ありがとうございます。」

男性が身を翻すと同時に、ダッシュ再開。まずい。泡が消えてきた。

個室の中までは伺えないが、男性客の出てきた襖の向こうから一挙に笑いが沸き立った。40〜50代の同窓会集まりのようだ。

約100人の人間が同時に口を開いている店内は、実に喧々囂々としている。

ピンポーン! ピンポンピンポーン!

鳴り止まぬ機械音。

「12」「31」「34」。

個室番号を示す3つの数字のうち、31だけが点滅している。呼び鈴を2回以上押されている、つまりそれだけお待たせしているという意味だ。

まずいな。34卓も確か10人以上の団体客だった気がするから早く対応しないと。

「ただいまお伺いいたします!」

ちゃんと聞こえましたよ〜、という確認表明。

脳内にフロア地図を描く。31から回った方が効率がいいな。

個室の前に跪き、息を整え、襖を開ける。

「失礼いたします。」

そしてとびきりの笑顔。

「ご注文承ります。」

誰かが既に接客をしてくたのか、テーブルには人数分のお通し「ホタルイカの置き漬け」が並べられている。

よかった。新規じゃなかった。

おしぼりもちゃんと置いてある。

「あのーすみません、注文したビールがまだなんですけど・・・。」

げっ!

「申し訳ございません!!」

居酒屋店員の感じた苛立ちポイント

日本の大衆文化である居酒屋。

大衆向けビジネスとして成立したのは江戸時代と言われている。酒の販売業を営んでいる酒屋で酒を楽しめるようになった人々が、その場に「居座って酒を飲む」行為を「居酒(いざけ)」と称するようになったのが発端らしい。

シンガポールとは異なり、お客様は神として祀られる日本だ。ご来店される神々様の日頃のお勤めを労えるよう、最高のサービスが求められる。

https://wella-world.com/2018/03/20/singapore_sekkyaku/

でも神々様の接待をするのは、我々人間のお役目。

完璧でない私たちだから神様相手でも気分を害することだってある。 実体験に基づく例を少しだけ紹介しよう。

1) ミスター One アイテム

繁忙期になると満席は当たり前。 金曜日と土曜日の夜は特に余裕がない。

「神様」の入店後は

・席へご案内する

・お履物を片付ける

・おしぼりをお出しする

・お通しの説明をする/ 選んでもらう

・ファーストドリンクのオーダーを承る

・お料理/ 追加ドリンクの注文を承る(サラダお刺身は優先的に先にお出しするなど配慮すべき順番あり)

・鮮魚の営業に出る

・〆の緑茶をお出しする

・お会計を提示する

・お釣り/ レシートをお返しする

・お履物を並べる

・出口までお見送りする

こういった一連の作業を、何十組もの神様相手に対応していくのだ。しかも、どこのテーブルがどの段階まで進んでいるかまで把握した上で。

従って常にてんてこ舞い。そんな時に限って。

ピンポーン!

「はい、ご注文を承ります。」

「 ハイボールひとつお願いします。」

「 ハイボールですね、かしこまりました。」

「……。」

「……。」

えええええそれだけ?!?!

もはやハンディ(注文を厨房に飛ばすために使う機械)を打つのさえ億劫になってくる。でもそうした多忙期に、単品でオーダーしてくる神様は決して少なくない。

2) バカップル

個室を売りにしていた居酒屋なので、カップル客も多かった。価格帯的にも30代以上のペアが多数を占める。 純粋なカップルから、なかなか怪しい関係のカップルまで、多種多様いらっしゃったけど、一番頭が痛かったのは場をわきまえることを知らないバカップルだ。

ピンポーン!

呼び出しのあった個室へ向かい、襖の前で跪き、両手で扉を開ける。

失礼いたしま・・・わーーーぉ!

めっちゃキスしとるやんかーい!!

4人席の片側に並んで座った男女が濃密に絡み合っている。自分たちでベルを鳴らしておきながら、私が入室したのに気づいてすらいない様子だ。

室内なのになぜか頭にサングラスを乗っけた男性は、胸元のはだけた白シャツに金色のネックレスを着こなしきれていない。女性は座っていてもスタイルの良さが伺えた。漆黒の塊と化している睫毛は、まばたきする度に重たい風音を立てそうだ。

「ごっ、ご注文を承ります!」

少々大きめに声を張り上げる。男性が一瞥をよこす。

「んぉ、あーチェイサー持ってきて。それだけ~」

「キャッハハハハ!!ちゃんと注文してあげなよ~~~」

男性の呂律の回っていない声と、女性の下品な金切り声。実に不愉快だ。

「んぁーあと灰皿、新しいの!変えといて。」

男性客の顎が、タバコの吸殻がてんこ盛りになった灰皿を示す。

「かしこまりました。」

そう一言放って、灰皿を回収して個室を後にした。

この灰をチェイサーにぶっこんでお出ししてやろうか。

居酒屋店員は総じてコミュ力が高い

人間、十人十色。何日も何ヶ月も働いていれば、この程度のお客様なんて星の数ほどいらっしゃる。

一度でも居酒屋店員を経験したことがある人は、一人前の居酒屋店員として働くことの大変さを痛感したことがあるだろう。

・メニューの種類(ハンディ上の位置含む)や卓番などを覚える記憶力

・少人数で大多数の要望をさばいていく迅速性

・お客様/ 料理の優先順位を判断する決断力

・オーダー/ 会計に対する正確性

・予想外事態に臨機応変に対応する柔軟性

これらは一人前の店員となるためにクリアすべき最低ラインに過ぎない。

その上で更に求められる厄介なものが、コミュニケーション能力だ。

十人十色であるお客様に対して、いかなる場合も最後まで同じサービスを提供するというミッション。それから店員同士で助け合うための日頃の意思疎通。

居酒屋の業務はこの2点ができないと成り立たない。

そして、これらを全うするために必要とされる能力レベルは、並大抵のものではない。

一体どれだけのマルチスキルが求められているんだ。

全てのタスクが一気に押し寄せると頭がパニックを引き起こす私は、勤務1週間目にして自分にも環境にも辟易としてしまった。弱音を吐いて去るのは悔しいという変なプライドから、大学卒業までの4ヶ月間は継続したけれど、いやはや、再び挑戦する勇気は正直あまりない。

近年、外国人アルバイト数の増加傾向が顕著にみられるけれど、自分が母語の環境でさえ手一杯だった事柄を、言語も文化背景も異なる場でこなす彼らは国宝級、むしろ彼らこそ「神様」扱いされるべきではないか。

居酒屋店員のコミュニケーション能力こそ、日本がもっと世界に誇れるべき財産だと思う。

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本日も最後まで読んでくださってありがとうございました!