東京の町が騒がしいと感じるわけ

たまの一時帰国で驚くのが、東京の町の情報量。

空港に降り立ってすぐさまパンダのシャンシャン誕生のニュースを知る。

今話題の時事問題や、流行りのコンビニスイーツ、週末手軽に足を運べるプチ旅行先。

ちょっと町を眺めるだけで、広範囲に渡る情報が矢継ぎ早に入ってくる。

最初は自ら情報収集する必要がなくてラッキー!程度に思っていたんだけれど、一時帰国して3日も経つとその混沌さに辟易としてしまった。

少し話は逸れるが、先日東京で会った友人から興味深い話を聞いた。

あの有名映画「ハリーポッターと賢者の石」の原題は”Harry Potter and the Philosopher‘s Stone”だけれど、北アメリカでは”Philosopher”という単語がアカデミックすぎるという懸念から、”Harry Potter and the Sorcerer‘s Stone“にタイトル変更されたらしい。

なるほど、そんな調整が行われているのか。

考えてみれば外国映画の邦題の付け方は面白い。

文化的配慮どころか、原型を留めないレベルまで露骨に変更してしまう。

例えば、世界初の性別適合手術を受けた女性リリーを題材にした「リリーのすべて」(原題”The Danish Girl”)。

劇中の奥さんが”The Danish Girl”と呼ばれているのだが、実は彼女の旦那さんも同様に”The Danish Girl”だったというオチが含まれている。しかし原題が跡形もなくなってしまった邦題からは読み取れない。

ディズニー映画の”Tangled“もそうだ。主人公の長い金髪が絡まっていることに加え、登場人物の運命が複雑に”絡み合っている”というダブルの意味合いを込めての原題かと思いきや、邦題は「塔の上のラプンツェル」。

なんだろうこの「崖の上のポニョ」と大差ないノリ。

題名からして「これは子ども向けですよ」というメッセージを発することで、情報発信者側が、情報受信者の選別を行っているのだ。

私はマーケティングに関しては初心者だけれど、仮に題名が一人歩きしたとしても、狙い通りの顧客層にたどり着くような戦略になっているのだろう。

関係ない情報が多すぎる

それで何故、東京が騒がしく感じるのかという話に戻ると。

人々が溢れすぎている上に、てんでバラバラのターゲット層に対する商品・サービスが、十把一絡げに並べ立てられているのが大きな原因なように思う。

映画のタイトルに見られるような、「これは◯◯向けですよ」の「◯◯」が異なる商品・サービスがごった返しているのだ。

例えば渋谷の交差点で信号待ちをしているだけで、一瞬で入ってくるこの情報量。

しかしこの中で自分が必要とする情報は、一体どれだけあるだろう。

会社帰りのサラリーマンが、美人女性芸能人が起用された化粧品広告に購買意欲を掻き立てられることはないだろうし、ランドセルを背負った小学生がクレジットカード会社のパネルで興奮する姿はまず考えられない。

自分に無関係と判断した情報は、ただの雑音だ。

だから東京の町は騒がしいと感じるのかもしれない。

負のエネルギーは、時に大きな原動力になる。 日本に一時帰国してから一週間半。 出身地である東京で感じるものは、シンガポール新卒就...

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