多様性を語るのに国籍の違いはいらない

シンガポールはつくづく多様性をうまく利用した国家だと思う。

建国53年にして貿易の中心地(Trade Hub)からイノベーションの中心地(Innovation Hub)としての国際的地位と評判を確固としたシンガポール政府の国策方針の一つが「Co-Innovation」だ。つまり「異なる素質や能力を持った個人が合わさることで国が発展する」と多様性に対し非常に前向きな提言を国のトップが出している。

そんなシンガポールで見られる「多様性」の最たるものが中華系・インド系・アラブ系(+建築業/ メイド/ 駐在外国人)という民族カテゴリー。

シンガポールは人種のるつぼではなく、それぞれの民族が独自の文化や伝統を保持することで他を尊ぶ社会である」とリー・シェンロン首相も主張している通り、シンガポールを語る上で欠かせない要が「多様性」である。

公共住宅(HDB)の入居者やインター校の在校生徒には、多様性を維持するという名目で各民族の目標比率が設けられているし、学校教育においては母語の習得を義務付けるなどして個々の民族意識が守られている。それぞれの役割を活かした助け合い・補い合いは家庭、教育現場、そしてビジネスにおいても推奨されている。

先日、何の脈絡だったか覚えていないけれど、シンガポール人の友人が発した「シンガポール人だからって皆がみんなチキンライスを好きなわけじゃないよ」という言葉でハッとしたことがあった。

シンガポールで暮らしていると、国籍・性別・宗教など潜在的多様性ばかりに意識が向きがちになってしまうんだけれど、そうだよね、意見や価値観の相違も立派に多様性の一種だよね、と。

日本人でもパンは食べるし、「米嫌いな日本人は非国民だ!」なんて非難する人はいないだろう。同じようにシンガポールで生まれ育ったシンガポール人でも個人によって考え方は十人十色だ。シンプルかつ当たり前のことだけれど、なぜかその時の「皆がみんなチキンライスを好きなわけじゃない」発言は私の記憶の琴線に触れた。

多様性を語るのに国籍の違いはいらない

自分以外の他者という意味での多様性に触れた最も古い私の記憶は、幼稚園まで遡る。

半袖を着ていたから、おそらくあれは夏場だろう。いつもはスフィンクスみたいな格好をしたライオンさんの滑り台で遊ぶのがお気に入りだったんだけれど、その日は暑かったせいかバケツに溜めた水をしきりに砂場まで運んで行って、小さな池をいくつも作る作業に熱中していた。

小さな池は作れど作れどすぐに地面に吸収されてしまう。水分を得て色の濃くなった土砂で、次なる作業に没頭しだした。その名も「泥だんご作り」。

小学生の頃はいかに硬い泥だんごを作れるかに熱を注ぎ数日以上に渡る工程で友達と競っていたりしたけれど、幼稚園の頃はギュッギュと握って、はいおしまい。

詳しいことは忘れてしまったけど、私はその丸い土の塊を、何を思ったか隣で一緒に遊んでいたクラスメイトの女の子に手渡した。今思えば、おままごとの最中だったのかもしれない。とにかく「はい、どうぞ」的な軽いノリで差し出した覚えがある。

するとおさげ頭のその子こそ、何を思ったか茶色い土の塊を口の中にポッと放り込んでしまった!

自分の口内が反射的に不快になる。それ絶対に不味いでしょー。

瞬時に吐き出すと思ったのに、なんとその子はもぐもぐと口を動かし始めた。

えええ土食べてるこの子!びっくり衝撃!

その時一緒にいたピンク色の花柄エプロンをした幼稚園の先生が、異変に気がついて慌てて土を吐き出させた。

だんご三兄弟の絵がめちゃくちゃ上手だけど、ロッカーの中に閉じこもってかくれんぼしてたら「危ないから」とお母さんよりも怖い顔して飛んできた先生。今その顔には焦りしか浮かんでない。

泥だんごを吐き出した女の子は、そのあと表情一つ変えぬ冷静さで再び砂場をほじくり始めた。何か言った方が良いのか混乱しつつも何の言葉も浮かばない。今のは見て見ぬ振りをしようか。折角作ってあげた泥だんごはエグい見た目の吐瀉物となって砂場の外に放り出されてしまった。

あー、びっくりした。そしてちょっとした落胆。

だけど更にびっくりしたのは、落ち着きを取り戻した先生がその女の子にかけた言葉だった。

「◯◯ちゃんはお団子もらって嬉しかったから、大切にしたかったんだよね。」

え?

嬉しかった?

大切にしたかった?

なんて衝撃的な発想!!

誰かからもらったものを自分の体内に取り込むことは、感謝や、その物に対する愛着心を表現していたのか。

しかも当時の私は先生の言葉を疑いもせず「あぁそうなんだ」と信じたという、実に己を客観視した記憶さえ残っている。

残念ながら、その子の名前が何ちゃんだったか、その先生が誰だったかは忘れてしまった。だけどその子に手渡した泥だんごの大きさや形、一瞬触れ合った柔らかい手先の感覚まで、鮮明に思い出される。

私と同じ、日本生まれ日本育ち。私と同じ幼稚園の同じクラスにいる同い年の女の子。だけど嫌味なく「この子は私とは考え方が違うんだ」という多様性をはっきりと認知したのは、記憶している限りこれが初めての経験だった。

目で見えない違いに目を向ける努力

20歳で初めて日本の外に出てからは、理解の範疇を余裕で超える異次元レベルのショッキングな出来事に出くわすことも多かった。だけど今でもやっぱり多様性の気付きという原体験は「泥だんごの女の子」にある。多様性はすぐそばに溢れているのだ。

海外生活を送っていると、自ら多様性を発掘する努力を怠ってしまうように思う。だって目を開ければそこはもう異世界で、自分はそこで生活する外国人で、今更多様性なんて議論しなくても肌感覚で捉えられているような錯覚に陥ってしまうから。

だけどふと「泥だんごの女の子」を思い返すと、国籍や性別の違いといった目で確認できる相違点は、とりたて多様性を受け入れるために必要な要素でもなんでもなくて、最終的な個人同士の相違率を高める要因であるに過ぎないということに気付かされる。

私は日本人、あなたはシンガポール人。はい、多様性ですね。

ではなくて、「どう思うか」「どう考えるか」「どう捉えるか」という一個人の意識や価値観にあわられる違いこそが個性であり、アイデンティティであり、多様性を構築する要素であるのだろう。

どこにいようと、誰といようと、究極的には「自分の当たり前は他の人の当たり前でない」という事実に気付けるかどうかが、多様性を認知する鍵であることには変わらない。そしてその気付きの先に「どうしてこうなるんだろう?」と相手の立場に立てるか否かが、認知した多様性を受け入れるという次のステージで大切なのだと思う。

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本日も最後まで読んでくださってありがとうございました!