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日本の大学は楽ではない?アジアの優秀な大学生たちが語る「楽単」の定義

海外生活

シンガポールにはアジア各国から優秀な学生たちが集まっている。

中でもシンガポール経営大学(SMU)や、アジア学ランキング上位にランクインしているシンガポール国立大学(NUS)、そしてナンヤン工科大学(NTU)の学生たちは秀でており、国の未来を背負った希望の星たちと言っても過言ではない。

先日、日本のとある中高生たちが1週間の研修のためシンガポールを訪れていた。多文化に触れることを目的とした国際事業の一貫だそうだ。プログラムの中で「シンガポールで日本文化を学んでいる学生」を10人ほど交えたセッションがあり、縁があって関わることになったのだが、そこで出会った大学生らとの会話が印象的だったので、記録しておきたい。

セッションが始まって間もない頃。

「すみません、お話いいですか」

唐突に声をかけてきてくれた女子学生がいた。まさに絵に描いた優等生のような、黒髪ポニーテールの赤縁メガネ。シンガポール国立大学(NUS)で日本文化を専攻している、香港出身の20歳だそう。小学生の時、日本のアニメにどハマりしたのがきっかけで日本語を学び始めたらしい。日本への留学経験はゼロ。2年前、観光業のフィールド・ワークで熊本に滞在した1週間が日本滞在経験の全てであるにもかかわらず、日本語能力試験の最高レベル(N1)保持者だった。黒川温泉は、私も数年前に訪れたことがある。寂れたビジュアルをリニューアルして観光名所として返り咲きした経緯について、盛り上がった。

「あとは」と続けて、彼女はメガネの端を指で押し上げる、いわゆる優等生の仕草をしてみせた。

「キリシタン弾圧の歴史が残る、天草に行けたことが嬉しかったです。」

おぉぉ。目の付け所もブック・スマート全開だなぁ!

なぜそんなことを知っているのか。

聞けば昔友だちと旅行で台湾へ行った時、「飛行機の中で暇だったから」読んでいた本が遠藤周作の『沈黙』だったらしい。マーティン・スコセッシ監督によって“Silence”という原題で2016年に映画化もされた、江戸初期のキリシタン弾圧物語だ。確か、高校の課題図書で読んだ記憶がある。フライト中に読んでリラックスできるような本じゃないと思うんだけどな…。でもその子にとっては、軽い読み物だったみたいだ。

「徳川が天下を収めていた江戸時代初期の切支丹禁教令による、隠れキリシタンへの弾圧を信仰の自由の迫害を…」

山川の日本史参考書をそのままテープ再生したような、語彙力と流暢さ。

興奮気味にペラペラと語り出した彼女の口は、もう誰にも止められない。香港の優等生、すごい。

「そんなに日本が好きだったら、日本の大学で勉強しようとは思わなかったの?」

素朴な疑問を投げかけたが、これに対する答えは「No」だった。彼女は2つ理由があると言って、ピースサインを突き出した。

1つ目は、シンガポールの大学に通えば、就職先が保障されるから。シンガポール国籍を保持しない外国人学生には、シンガポール政府からの助成金を受け取る条件として、卒業後国内での約3年間の労働が義務づけられている。祖国で高校を卒業後、シンガポール政府の奨学金を得てこの国にやってきた彼女も例外ではない。詳しいことはよくわからなかったけれど、優等生切符を手に入れている彼女の奨学金は、シンガポールでの労働を「義務」づけるものではなくて「保障」しているに等しいらしい。恐るべし、学力。

2つ目の理由は。ピースサインを引っ込める。

日本の大学に通うのは、アジアの中でも一番”ストレスフル”だと思います。シンガポールの大学の方が、「楽単」が多いです。

え、そうなの?

これは意外な意見だった。

むしろ「課題の量が少ない」とか「寝ていても単位が降ってくる」とか、超絶気の抜けた印象ばっかり耳にするんだけど?

詳しく話を聞いてみた。

シンガポールの学生たちにとっての「楽単」

◆「楽単」by Weblio辞書

主に大学生の間で俗に用いられる、「単位が楽に取得できる科目」を意味する語。期末試験がなく、出席やレポートのみで評価される科目が楽単と見なされることが多い。

「楽単」とは文字通り、何もしなくても大学卒業できる魔法のクラスのこと。英語では「眠ってしまうほど退屈なクラス」という意味から”doss subject”とも言われている。

MacやiOSでは「らくたん」と打って漢字変換すると「落胆」の次に「楽単」が出てくるよ、恐ろしい…。

教育水準の高さは世界でも大きな注目を浴びているシンガポール。多民族国家で「普通」の定義付けが難しいからか、何でもかんでも数値化して物事を比較することが多い印象を受ける。教育の現場に関しても例外ではなく、シンガポール現地校に通う小学生が受験するPSLEという全国試験に始まり、それこそ”ストレスフルな”環境はここシンガポールでは常だと思っていた。

「普通」が存在しないから点数で比べるしかないシンガポール
多様性に溢れるということは、それだけ「普通」の概念がなくなるということだ。皆んながてんでバラバラであ...

なんだけど。

なぜシンガポールの大学の方が「楽単」で、日本の大学が「ストレスフル」なのか。

香港の優等生女子が「それは…」と声を上げる。

私の育った香港では学生は「詰め込み勉強」ばかりをしています。寝る時間もないくらい頑張っていたけれど、私の点数はいつも「平均」でした。でもシンガポールの大学にきた途端、こんな私でも一番になることができました。プレゼンテーションやディスカッションが多いので、覚えなきゃいけないことが少なかったから。

暗記力を問われないシンガポールの大学の勉強が「楽」だという意見だ。

実際に算数の授業でも100マス計算なんてやらせてるのは日本の学校くらい。シンガポールでは計算機の持ち込みが基本である。計算は機械の仕事。我々人間は計算式を生み出せれば良い。そういう政府の意向らしい。とにかく、香港で散々苦しめられた「詰め込み」を、何が嫌で日本の大学でも続けなきゃいけないんだ(=ストレスが多い!)、というのが彼女の懸念点だった。

いつの間にか私たちの会話に参加していた、今年の夏からイギリスの大学へのダブル留学が決まっているという中国人男子留学生も、「日本の大学のほうが大変」という意見に賛同した。

シンガポールの大学では、ディスカッションに正解がないから何を答えても×はつきません。自分の意見を言えば、評価してくれる。中国の大学の「詰め込み」は大変だけど、それは意味がある内容だったし。少なくとも卒業するためだけに無意味な時間を我慢して座ってなきゃいけない日本の大学よりずっと「楽」じゃない?

バシッと言われてしまった。

なるほど。

授業中の発言に慣れておらず、ディスカッション自体に気後れする傾向のある日本の学校現場。しかしシンガポールで学ぶ彼らにとっては、暗記力や出席率に関係なく、思ったことを言うだけで点数の付く授業こそが「楽単」なのだ。

競争が激化していく日本の教育

彼らのように優秀な「詰め込み暗記のプロ」が次々にやってくるおかげで、シンガポールにおける進学・就職の競争は激化する一方だ。

が、日本も他人事ではいられない。

→集中力と頭脳の記憶メモリーには自信がある。

→しかし英語を勉強したところで、地頭の良い国のトップ層には太刀打ちできない。

→であれば中国語・韓国語・日本語のどれかで秀でて、競争母数の少ない場所で戦おう!

今後こうした考えを持つ「詰め込み暗記のプロ」である彼らのような学生たちが、アジア各国から来日するかもしれない。そんな中で、日本人学生が彼らと打倒に戦っていける余地はあるのだろうか。

かつてシンガポールで就活を始める前は、日本で内定をもらっていた会社のプログラミング研修に参加していた。30人規模のグループ・セッションの約4人に1人は、なんと外国人留学生だった。4人1組で活動をしていた時は、私以外の学生は3人とも中国籍だった。日本の大学にやってきてから日本語を勉強し始めたという彼らの日本語は、中学1年生から学校教育を受けてきて海外留学まで経験している私の英語とは比べものにならないくらい流暢で、正確で、また実用的だった。それは彼らの意志と反して強要されていた「詰め込み」かもしれないけれど、先の中国人留学生の言葉を借りれば「意味がある内容」であったに違いない。

今はPISAなどで高得点を出すことができている日本の教育だけれど、こうした強みも今後外国人留学生らに頼らざるを得なくなってくるんだろう。競争が激化した先に、日本の教育の強みは果たして何になるのだろうか…。

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本日も最後まで読んでくださってありがとうございました!