写真で見る世界の町 - Photo Walk -

香りの演出と悪臭の根絶に長けているシンガポール

海外生活

シンガポール初の世界遺産である、ボタニック・ガーデン。シンガポールを象徴する蘭の花はもちろんのこと、ビビットカラーが美しいブーゲンビリア、キャノンボールなど、南国ならではの植物が満載。植物園を歩いていると、心まで浮かれてトロピカルになる。

何より、匂いが良い。以前一緒に散歩した友だちの言葉を借りれば「無印良品みたいな」匂い。エキゾチックな甘い花の香りが漂う黄昏時の散歩は、シンガポールで1、2位を争うくらい好きなアクティビティかもしれない。

先日も、近くのCold Storageで買った7ドルもするカマンベールチーズの塊をかじりながら、日が沈んだ後の植物園を徘徊していた。空からオレンジ色が消え失せて、星がチカチカとまたたき始める頃。1日の終い支度をしている森の音が聴こえる。

数十分ほど歩き続けた後、一休みするために、とある大木の下にあるベンチに腰掛けた。クリーム色の小花が咲き乱れている。金木犀のような見てくれだけれど、葉っぱはプルメリアのようだ。

閉館した校舎をあとにして、誰もいない大学のキャンパスを闊歩している時のような満たされる独りの時間。耳をすませばミミズが足元を這う音さえ聞こえてきそうな静寂。かすかに雨の匂いが漂う夕暮れに、月が全てを優しくミルク色に包む。カマンベールチーズをもう一口。あー、至福だ。

甘い香りが引き寄せた出会い

何十分そうやってぼーっとしていただろう。しばらくすると背の低い女性が、ゆっくりと、しかし確固とした足取りで歩いてきた。ぽっちゃり体型だが顔周りは引き締まっている。肩まで伸びた、きのこの森チョコレートみたいな形の髪はグレーで、ところどころ白髪が目立った。薄桃色のTシャツに、灰色のスパッツと、スニーカー。私と同じようにお散歩しに来たのだろうか。

その人も、頭上の大木が気になったようだ。ベンチに腰掛けたままの私の数メートル先で足を止めると、自分の体内の気体を全部入れ替えるかのように、空気をすーっと吸い込んで両手を広げた。それはあまりにも自然を愛する者の動作だったので、ふーっと吐き出した息に混じって、蝶々の群れが飛び出してきてもおかしくなかった。

Nice smell, right?

私は思わず話しかけた。

その女性と目が合う。子犬のような優しい垂れ目だった。同意も否定もせず、サワサワと頭上で揺れる草木のような口調で問いかけてきた。

この木、なぜ夜なのにこんなに素敵な香りがするのか、知ってる?

シンガポール人(少なくともシンガポール育ち)でないことは英語のアクセントですぐにわかった。その木はマレー語で「タマラン」というらしい。日が沈んでから夜中にかけて強い香りを放っているのは、訪花昆虫を引き寄せるためだそうだ。それからまたゆっくりと一呼吸おいて、ぽっと思い出したように語り出した。

When you sense a night fragrance of flowers, and if you don’t know where it is coming from, you’d better run away. Because you will find a woman, who is not a woman, is aiming at you from behind.

もし夜更けに甘い花の香りがして、それがどの方角からやってくるかわからなかった時は、逃げ方がいいわよ。女の形をした何かが、背後から狙ってるかもしれないからね。

ほう。

1秒、2秒、3秒が経過。

…え?

や、「何か」ってなんだ。笑

なんかいい話っぽいけど、彼女自身の言葉なのか、どこかの国の言い伝えなのか、わからない。満足げに語り終えると、その人はまた風に揺られるようにして、どこかへ去ってしまった。想像力が乏しくてごめんよ、おばちゃん。

私はしばらく「女の形をした何か」の意味を考えてから、去り際に、木の幹にかかったプレートを確認した。

Alstonia angustiloba

日本語では、七葉樹(シチヨウジュ)。キョウチクトウ科アルストニア属の常緑高木。とても好きな匂いだった。覚えておこう。

悪臭に悩まされないシンガポール

東京では電車の中だけでも悪臭が立ち込めていた。

・汗臭さ

・加齢臭

・タバコ

・新聞や車内広告から漏れ出るインクの匂い

誰かが買ったマックのポテトの臭いには、もはや食欲をそそられない。このあいだの一時帰国では新宿駅の乗り換えだけで冷や汗をかいてしまって、電車を2本乗り過ごした。そのくらい、異常な満員電車には拒否反応が出る。

転じて、シンガポールでは悪臭というものに、ほぼ無縁である。シンガポール鉄道(MRT)では悪臭に遭遇したことがない。

・汗臭さ →強冷房で乗車前に汗が冷えている。

・加齢臭 →老若男女かかわらず香水をつけている人が多い。

・タバコ →喫煙者が少ない。

・新聞や車内広告から漏れ出るインクの匂い →全て電子化されている。

東京の例に加筆するならこんな感じ。

シンガポールは、悪臭の根元に蓋をするのに長けていると思う。狭い感覚で配置されている路上のゴミ箱には蓋が付いているし、生ゴミが出たとしても曜日していなく24時間365日ポイすることができる。だから深夜のホーカーや飲食街の裏路地を歩いていても、思わず鼻をつまみたくなるような状況に出くわしたことが指折り数えるほど。

蓋をするというマイナスの働きでなく、香りを演出するマーケティングも巧みである。例えば、シンガポールの窓口、チャンギ空港でじゃ、空港専用に開発されたフレグランス「蘭の紅茶の香り」が使われているらしい。まさにボタニック・ガーデンでシチヨウジュが放っていたような、トロピカルな匂い。甘く芳醇な香りから「バラの女王」とも称されるダマスクローズと、アロマオイルとしても愛用されている黄色いイランイランの2種類と混ぜ合わせて、シンガポール滞在に向けて活気づけられるような香りを演出しているそうだ。

まぁ私にとってシンガポールでの悪臭は他でもなく猫山王(ドリアン)なんだけどね…。シンガポールを去る前になんとか克服したい。

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本日も最後まで読んでくださってありがとうございました!