写真集 * Photo Walk

世界を旅して写真を撮る「Photo Walk」が好きです。
iPhone 6S Plus、NIKON D5300で、
日常の風景を撮影しています。
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東ティモールの公共交通機関「ミクロレット」の4大事情

東ティモール生活

ニワトリの鳴き声と、子どもたちの笑い声で目が覚めた。

朝8時。夜のうちにエアコンの止まった室内には、熱気が立ち込めている。昨日見た天気予報によると、今日も34度を超えるらしい。木片の打ち付けられた「開かずの窓」から差し込んだ朝日が、太ももに当たっている。寝返りをうって、日陰に収まるよう「く」の字になった。うー、暑い。

東ティモールは年間通して蒸されるような熱帯気候だ。「暑い」ではなくて「痛い」、日に「焼ける」のではなくて「焦げる」と言った方が適切かもしれない。11月に入って乾季が終わったというのに、一向に気温が下がる気配はない。一歩進むごとに、毛穴という毛穴から汗が噴き出る。雨季の訪れとともに緑色に彩られてきた遠くの山々が、陽炎によってユラユラと揺らめいて見える。

散歩は好きだけれど、こんなジリジリに照りつける猛暑日にわざわざ外出するのは半ば自殺行為に等しい。せっかくの休日だけど家で写真整理でもしようかな。もしくは二度寝か…。トロンと重たくなってきた瞼をこすり、ネズミを蚊から身を守るための「モスキートネット」をよじった時だった。ストレート型のガラケー端末が”ピロリン♪”という電子音を発した。パッと明るくなる画面。

首都ディリの西側に住んでいる、東ティモール人の友人からだった。ディリの港で貨物整理の仕事をしている、20歳くらいの男性だ。

今日の夕方、兄弟姉妹たちとビーチにいるよ。

彼の実家では、ご近所3家族合わせた17人が一つ屋根の下で暮らしている。うち10人が子ども。日が沈んだ後の生暖かい海風に包まれながら、彼らと一緒にワラワラと、夕暮れのビーチでのんびりする休日は最高だ。今回も「いるよ」という報告メッセージだけど、「おいでよ」というお誘いに違いない。

折角だから朝のうちに海岸沿いまで行って、夕方まで裏路地散歩でもして写真を撮ろうかな。毎週恒例のPhoto Walkってやつ。ガランとした部屋を見渡す。台所のタイル床の隅に、米粒大の黒い点々(十中八九ネズミのフン)が見えるけど、もはや気にしない。大丈夫、異常なし。ガスと電気の残量を確認する。補充の必要もなし。

私は「モスキートネット」をねじってベット脇にまとめると、一眼レフの入った黒カバンを掴んで家を後にした。

東ティモール市民の足「ミクロレット」

もう5年前にもなるけれど、私が住んでいた借家は、東ティモールの首都ディリの北西部にあった。各所へのアクセスが良く便利な場所だった。かつてはポルトガルの植民地であり、1975年〜2002年のインドネシア軍による占領の後、21世紀最初の独立国となった東ティモール。その爪痕は市内にも色濃く残っており、借家の壁にはいくつもの砲弾の跡がある。

国土は、日本の四国よりも一回り小さい。コンパクトな市内を回るには「市民の足」である小型ワゴン車を使っていた。通称「ミクロレット」。インドネシアでは「ベモ」と呼ばれているやつ。装飾がド派手だから、東京の街に現れたら「ミニチュア暴走族」みたいに見えるかもしれない。各路線ごとに番号があてがわれており、市内を周遊するようになっている。自宅からビーチ沿いに向かうには、「9番」か「4番」がベストチョイスのはずだ。

裏路地をくぐり抜けて大通りに出ると、いつもの顔触れがあった。22歳、同い年のティモール人女子、レナ。褐色の肌に朝日を浴びながら、大きなタルいっぱいに泡を溜めて洗濯をしていた。午前中から昼間にかけては、強烈な日差しのおかげで一瞬で洗濯物が乾くのだ。それぞれの家庭が、日の当たる方角の外壁に沿って白い紐を張り巡らし、洗いたての衣服を引っ掛けて干す。

Baa nebee? (どこ行くのー?)

Baa tashi! (ちょっと海まで!)

レナに手を振り返すと、近くで泥遊びをしていた子どもたち3人組も、小さな手をヒラヒラさせて見送ってくれた。

それにしても今日も暑い。ファンデーションなんて塗ろうものなら全て溶けてしまうので、日焼け止めを薄く塗るのが限度。しかしそれさえ意味を成しているのかわからない。それでいて乾燥しているから、肌が焼かれるようだ。バイクやミクロレットが通り過ぎた後には、土埃の舞上るのがハッキリと見える。

ミクロレットに明確な「バス停」なるものはない(※2013年当時)。基本的に、どこで乗っても良いし、どこで降りても良い。暑い中歩くのは億劫なので、レナの家影で待機することにした。

待つこと10分。前方から青い車体の「9番」のミクロレットがやってきた。街の中心から北に進み、海岸線に突き当たったら左折して、海沿いをまっすぐ西へと向かう路線だ。とっくの昔に外されてしまったのであろうドア部分に、男性が上半身を投げ出して立ち乗りしている。ということは中は満席に近いのか。右腕をあげて「乗せて」という合図を送る。

東ティモールのミクロレットは、強い日差しをシャットアウトするためか、フロントガラスの上部6割くらいが黒いシールで覆われているのが一般的だ。その他、持ち主によってこだわりの装飾が施されている。今日の「9番」には、ネオン色に縁取られた「I ♡ YOU」、紫色の煙を吐いたドクロのステッカー。それから黒と赤のスプレーペンキでタギングされた「CHE VIVE(チェ・ゲバラは永遠)」という文字。その横にが、大きくご本人の似顔絵が描かれていた。左側のサイドミラーには、屠殺されたばかりのニワトリが両足を括られ頭を下にした状態でぶら下がっている。マーケット帰りなのだろうか。

車体が路肩に止まる。

ドア部分にしがみついていたお兄さんが飛び降り、腕で「どうぞ」と示す。

私は10セントコインを握りしめて、車内に乗り込んだ。

「暑い・狭い・うるさい・臭い」が揃うミクロレット事情

東ティモールで「市民の足」の役割を果たすミクロレットを端的に説明するなら、この4つ。

「暑い・狭い・うるさい・臭い」

最悪だよね。笑

まず、「暑い」。これは単純に、ただでさえ熱帯地域であるにも関わらず、冷房や送風装備がないから。車体の両側に細長い通気窓は空いているんだけど、外気が湿っているのであまり意味がない。乗り合いワゴン車の中は、じっと座っているだけでサウナのような状態になる。

次に、「狭い」。左右の長椅子に大人が4人ずつ腰掛けたら、いっぱいになってしまう。間には、必ず巨大なスペアタイヤが1つ積まれている。天井も低い。身長157cmの私でも、背筋をピンと伸ばして座ることができない。

首都であるディリ市内を走るミクロレットには、空席がないことが多かった。しかし「空席」はなくとも「空きスペース」はあるというのが東ティモール人の考えだ。運転席と助手席の間でさえも、手足の細い幼い子どもが2人うずくまってジャレ合っていたり、学生らしき成人があぐらをかいて座っていたりする。「そこまでするか?!」という、日本の満員電車のひしめき合いっぷりに驚愕する外国人観光客も同じような気持ちでいるに違いない。

初めてミクロレットに乗った時は、薄いサテンのシャツを着たシワシワのお婆ちゃんが「ここに座りな」とばかりに席を譲ってきた。私でも本気を出せば追ってしまいそうな四肢の細さだ。他に空席はない。躊躇していると他の乗客が「座って」と言うので、謝りながら仕方なく腰掛けた。するとお婆ちゃんは何も言わずに、私の膝にちょこんと座ったのだ。そしてクルッと振り向くと、目の周りにシワを寄せ陽だまりのような笑顔で「Obrigada. (ありがとね)」と囁いた。椅子が足りない時は、若い者が自ら椅子となるのだ。

3つ目に、「臭い」。これは、申し訳ないが「ワキガ」のせい…。「9番」バスの助手席には、男性2人がひしめき合って座っていた。ガラスのない窓側に座っている男性が、タバコを持った左手を振り上げて、突然大声を発した。2人乗りバイクの男性らが振り返って、冷やかすようにミクロレットを追い抜いて行った。どうやら友だちらしい。その瞬間に鼻をついた、ツーンとするあの臭い…。

最後に、「うるさい」。東ティモール人は、とにかく低音好きだ。「重厚な響き」とか洒落たものではなくて、心拍数にまで拍車がかかるレベルの重低音。しかもアップテンポ。

♪ 私たちの〜美しい国〜。いつだって忘れないわ〜あの日の海を〜。愛してるティモ〜ル〜♪

メロディや歌詞も単純なものが好みのようだ。流行りのハリウッド映画や米国歌手が人気なのかと思いきや、自国のアーティストに対する愛の方が強い。音楽にノッた乗客が突然ハモりだしたりするんだけど、情操教育が進んでいる国ではないので音程もめちゃくちゃで基本的に不協和音になる。それでも気持ち良いくらい大声で自国を讃美するティモール人を見ていると、心がスカッとするから不思議だ。

「暑い・狭い・うるさい・臭い」の4大苦が揃っているミクロレットだけれど、ティモール人の他人を気にしない温かな心に触れられる最高の交通手段だと思う。

「9番」ミクロレットが大きく左折した。

潮の香りと波の音が車内を満たす。まだ目的地ではないけれど、少し手前で降りて歩いて行こうかな。

右手の人差し指と中指の間に、10セントコインを挟む。

カンカン!窓枠の金属部分を2回叩く。降りたいという合図だ。車体が止まると、できるだけ小さく体を畳みながら、蛹(さなぎ)から羽化する蝶のように降車した。

助手席に座っている男性に、10セントを手渡す。ものの数秒で、額から汗が伝って顎から落下した。下車するのが早過ぎだか。ま、いっか。運動ということで。

ミクロレットが海岸沿いをゆっくりとなぞるように再び走り出す。「9」という数字が小さくなっていく。

後部座席の窓から子どもが一人、こちらに向かって手を振っていた。

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▽▼ ミクロレット音楽例 ▼▽

☆♥ O RAI TIMOR FURAK ☆♥ Toni Pereira & Helder de Araujo.wmv
Timor…hau hadomi o – 5 de Oriente

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本日も最後まで読んでくださってありがとうございました!