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シンガポールを離れて気が付いた、新卒で海外現地就職して得た3つのこと

シンガポール生活

日本での就職活動や研修に白旗ふりつつ「絶対に新卒で海外就職してみせる!」と啖呵をきってから、もうすぐ3年が経とうとしている。

大学を卒業して間もなくシンガポールに渡ったのが、2年と8ヶ月前。

駐在、学部留学、研究、家族同伴。

シンガポール滞在の理由は十人十色だけど、私の場合は「体当たり新卒現地採用コース」だった。

初めてなんだから、何事も早めの行動が良いに違いない。そうやって日本の就活と同じノリで、大学卒業の半年前に求人紹介・採用コンサルティング会社へ連絡を取り始めたんだけど、彼らからの返答は「まだ早い」の一点張りだった。シンガポールの就活方法は、新卒全員が足並み揃えた「よーい、ドン!」のスタートダッシュではない。空きポジションは必要な時に必要な分だけ随時募集されるという、不定期・不定量なものだったのだ。

それで卒業3ヶ月前に再チャレンジすることになったんだけど。

英文履歴書なんて書いたことなかったし、働くという責任もよくわかっていなかったし、ましてや名高い一流大学を出ているわけでもない。そんな中国語すら喋れない外国人の新卒ペーペーを快く迎えてくれる企業は、少なくて。結局20社くらいに立て続けに応募して、ほぼ総スカン。卒業式の直前に、やっとこさ内定をもらうことのできたのが米系企業のシンガポール支部だった。あぁ、懐かしい…。

https://wella-world.com/2018/01/03/post-416/

それから、あっという間に時は経ち…。

私は1ヶ月前に、シンガポール政府へ就労ビザを返却して、日本に帰国した。久しぶりに経験する日本の秋と冬。ハロウィンが終わったばっかりなのに、どうしよう、もう寒い。笑

今はこうして、東京の街の片隅でパソコンをいじりながら、新卒でシンガポール現地就職して良かったことについて反芻している。

新卒でシンガポール就職したメリットは、ものすごく大きかった。

よく言われる「語学力」とか「適応力」とか「観察力」といったスキル面は、ナメクジみたいなペースだけれど右肩上がりだったと信じたい。

だけどそれ以前に現実を知るという点において、個人的に「得たもの」はもっと他にあったように思う。

自分の「できない」を認めること

まずは、自分の力量のなさを思い知ったことが1番の気付きだった。

大学の卒業証明書をもらった1週間後に単身でシンガポールに飛び、右も左もわからない国で生活していたといえば「自立している」「一人で道を切り開いている」と言ってくれる人もいる。果たして本当にそうだろうか。

思い返せば、シンガポールではいつも周りに頼っていた。

電球変えられん、助けて!

中国語わからん、通訳して!

美味しいマーラーがある場所知らない?教えて!

こういったSOSを出すたびに手を差し伸べてくれていたのは、他でもない友人たちだった。

仕事でも、一緒だ。

シンガポールにはビジネスの中枢として多くの企業のアジアHQが集まっている。言語能力にも対人スキルにも専門性にも長けたサイコパスみたいな若者がわんさかいるのだ。更に知性に富んだ英語と物腰柔らかな母語を巧みに操り企業のマネジメントにあたる方たち。チャレンジいっぱいの職場からは、無理にできないことをやろうとせず、「できません」を正直に伝えることを教えてもらった。

シンガポールの就職先に慣れてきて仕事もプライベートも順風満帆になると、「ワタシ何でもできる」という根拠のない自信に満ち溢れていた時期もあった。イケイケどんどーん!みたいな。

当時の「自信」とは今思えば、シンガポールで生活しているという事実に自惚れて、そうでない者を否定することで保っていた幼い自尊心に過ぎないのかもしれない。そこにはいつだって、支えてくれる「仲間」という欠かせない存在があったのだ。

日本の中にも多様性があるということ

新卒海外就職を決心した時の一番の目標は、「多様性に富んだ場所で生活する」ことだった。

シンガポールは教会の裏にヒンドゥー教寺院があって、さらにその隣には仏教寺が混在しているような国だ。この点において、私の好奇心を満たすには十分すぎる場所だった。

そして1年も暮らすうちに、これだけ混沌としたシンガポール社会を一言では語るのは不可能だと思うようになった。同じシンガポール人の中でも、生活模様や性格がそれはもう星の数ほど溢れている。全く時間や約束を守れない日本人がいれば、反対に5分前集合が鉄則のインド人もいるし、ヒンドゥー教っぽいネパール人友人が肉骨茶(バクテー)の骨つき牛肉にがっつく姿も見たしな…。

「インド人」「中国人」「マレー人」という漠然とした大きなカテゴリーが存在しているのは事実だけれど、多様性はもっと細かな、個人のレベルで既に発生しているのだ。

であれば「日本人」だって、十把一絡げになんてできないはず。今、一人ひとりの個性を覗き見るように東京の街を散策していると、なんだかとても楽しい。

多様性を求めて移住したシンガポールで、逆に日本の多様性にも目を向けるきっかけを与えられた。

多様性を語るのに国籍の違いはいらない
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「どこにいるか」よりも大切なものがあるということ

海外就職しか頭になかった大学卒業前は、「どこで働くか」は重大事項だった。日本はタブー。海外じゃなきゃ。そんな風に線引きをしていた。

外国人労働者というのは、社会の不文律や「生き方」の世間体に責任を負わずに済む、いわばちょうど良い距離感の身分だ。無論シンガポールにおいては、日本国パスポートというある種のブランドに救われていたことも大きい。

「女性だから」「新卒だから」「外国人だから」

こういった社会的役割を見て見ぬ振りして過ごせてきたんだけど。

シンガポールでしばらく外国人として生活していると、あることに気付かされた。「こうであるべき」という生き方の王道がないから、自分の行く道は開拓するしかないのだ。

こうしたマインドで帰国し、改めて日本を見渡してみると、今度は母国に対する考え方にも変化があった。外国人滞在者の数が増えて、東京の街もシンガポールのように国際化と均質化が一挙に進んだような印象を受けたからかもしれない。とにかく日本での「生き方」が、想像していたよりもずっと多様であると思ったのだ。

もしかしたら自分の人生の舵を自分で切れていれば、究極的にはシンガポールにいようが日本にいようが、関係ないんじゃないか。

もちろん生活するには五感の本能に従うのが幸せだ。

だけど生涯に渡って大切なのは「どこにいるか」ではなく「何をするか」であるのかもしれない。

この世界と、どう関わっているのか。これを自ら説明できる「何者か」にならねばいけない。「どこにいるか」というのは、あくまでもこの「何をするか」「何者になるか」という目標達成のための要素であって、目標・目的にはなり得ない。

新卒でシンガポール現地就職にチャレンジした時は、これに気が付いていなかった。周囲の大人たちが心配してくれていたのは、こういうことだったのかと今になって思う。

新卒でシンガポール就職してみて、気付かされたことは多い。

世界の頂点に立って無敵に思える自信がついたかと思えば、ドカーンと現実を見せられて自信がへし折られる。こういうのがサンドイッチのように繰り返していくんだろう。自分の行きたい方向に向かって、一つひとつの目標を、丁寧にこなしていきたい。

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本日も最後まで読んでくださってありがとうございました!

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