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「子ども時代が守られている国」NO.1のシンガポールで暮らす毒親・片親・学習障がい・ADHDの子どもたち

シンガポール生活

外務省の海外在留邦人数調査統計(2018年)要約版によると、シンガポールに滞在している日本人の数は33,834人。

そのうち未就学児もしくは幼稚園児をもつ家庭が最も多いとされている。そして彼らの中でも多くは「コンドミニアム」と称されるシンガポールの高級アパートの一室に住み、我が子を現地の幼稚園や習い事に通わせている。

JETRO「シンガポール概況と日系企業の進出動向」(2018)より

シンガポールは、世界的に見ても教育水準の高い国だ。

2016年の国際学習到達度調査(PISA)3教科で世界一位を独占したほか、英タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(The Times Higher Education)の世界大学ランキング(The World University Rankings 2017-2018)ではシンガポール国立大学(NUS)がアジアトップに君臨するなど、義務教育から高等教育まで一貫して輝かしい実力を上げている。

そんなわけで、当地で子育てをする親の、子どもの教育に対する期待度は高い。

日本人家庭の間でも「日英の完全バイリンガル」や「世界名門校への入学」といった目的を掲げ、どちらかといえば子ども本人よりも親たちの方が教育の成果に貪欲である印象を受ける。聞くところによると、お子さんを現地の幼稚園に通わせている親御さんからは「うちの子はいつになったら英語がペラペラ話せるようになるんですか」というクレームまであるらしい。幼稚園に語学学校的な役割を期待するのは少々的外れな気もするけれど、辛辣な教育戦争を勝ち抜くために、誰もが必死なのだろう。

とはいえ、シンガポールの教育費は決して安くはない。

一部のインター校では、中学校1年生の時点で年間の学費は数百万円を軽く超える。先日訪れたとあるインター校は、放課後のプログラミング教室で生徒一人ひとりにMacbook Airを充てがっていたり、美術の授業でCanonの最新3Dプリンターを使用していたり、何とも手厚い教育環境を整えていた。最近では小学校5年生から1台数万円もする「関数計算機」を導入し、ベクトルや微分積分、統計学などの課題に活用しているという。その経費を支えているのは、紛れもなく生徒の両親たちである。

自分が中学生の頃は、当時流行った1本80円のラメペンを買うことにさえ躊躇していたのに…。それに比べ、休み時間になれば学校の施設内にあるカフェに出向き、電子マネーで頼んだ一杯560円のコーヒーをお供に自前のMacで課題に向かう、シンガポールの小・中・高校生たち。誰もが苦悩を口にする国際バカロレア(IB)試験や外国語学習など、私には到底想像も付かぬ努力を積んでいるに違いないが、色々スケールが違いすぎる。誕生日にはコンドミニアムで盛大にパーティを開いて、タイ旅行なんかをおねだりしちゃったりして。

「生きる世界が違う」とは、まさにこのことだ。

シンガポールで教育を受けられる子どもたちは、なんて恵まれているんだろう…。

こうした現状を知ると、もうシンガポールで生まれ育てば「人生の勝ち組!」のような気がしてくる。

実際、そう思っていた。

ある子どもたちに出会うまでは。

「子ども時代が守られている」シンガポールのHDB教育センターの取り組み

シンガポールのHBD

その子どもたちとの出会いは、シンガポールのHDBだった。

HDBとは・・・1959年に同国の自治権回復後、シンガポール住宅開発庁によって建てられた公共住宅のこと。深刻な住宅不足の解消や、スラム街やスコッター(都心の廃屋・廃ビル)撤廃を狙って増築され、現在では国民の約8割以上がHDBに暮らしているという。

HDBはシンガポール全土に、現在100万フラットもあるとされている。中でも敷地内の屋台村ホーカーが有名な、シンガポール北部に位置するとあるHDBでは、2〜6歳の未就学児を対象としたナースリー(土曜教室)を無償で提供している。

マレー系シンガポール人の友人が「子どもたちの学習サポートをするボランティアがあるんだけど、興味ない?」と誘ってくれたのをキッカケに、外国人労働者である私もこの教育センターに関わることになった。

毎週土曜日、朝9時から11時半までの2時間半。

ワケあって休日のこの時間帯を家族と過ごせない子どもたちを、一時的にセンターで預かっている。

子どもたちのお見送りとお迎えには、両親ではなく、必ずメイドがやってきた。

読み聞かせをする絵本、絵本の内容に連動したレベル別プリント、ノリやペンなどの文房具などは、シンガポール教育省(MOE)より定期的に無料配布される物を使用する。その他ストロー、画用紙、セロハンテープなどは地域のローカル幼稚園から貰ってくることもあった。

MOEから支給されたプリント教材。 4歳以上の子どもには「書き」の作業が勧められている。

先生に集まる子どもたち

どこかの雑居ビルの一室のような、20畳ほどの無機質の箱に、大きな作業机が3つ。鏡張りの壁。5分ほど遅れた掛け時計。入り口横に張り出された選挙ポスターには、候補者たちの不自然な笑顔がズラリ。白っぽい蛍光灯が、これまた白いタイル床に反射する。

そこにペタンと座り込んでこちらを見上げている15人の子どもたちが、初日の相手だった。

「Good morning, everyone!」と挨拶。

「Good morning, teacher!」と元気な返事。

「日本から来ました、Kotoneです」自己紹介をすると、インド系の男の子が雄叫びをあげた。

ジャパああああああああああん!!!

唐突だった。

他の子どもたちも、便乗して叫び出す。

ウッヒョージャパあああああん!!!

アイノウ、アイノウ!!(知ってる!!)

ジャッパぁぁーーーーン!!!

突如現れた外国人は、彼らの目には奇妙に映ったらしい。

私の名前は勝手に「ジャパン」と認定された。

毒親・片親・学習障がい・ADHD…さまざまな事情を抱えるシンガポール人の子どもたち

教育センターでは「チャイニーズ・ニューイヤー」や「シンガポールのローカルフード」など、週ごとにテーマを設けている。この日のテーマは8月に迫った「シンガポールの建国記念日」だ。

スケジュールは、おおよそこんな感じ。

本の読み聞かせ・プリント課題のあとの「工作作業」は、シンガポールの国旗作りをすることにした。

センターにやって来る2〜6歳の子どもたちが無理なく安全に扱える材料や方法を、クラス開催前にスタッフ全員で話し合う。この日使うことになったのは、A3サイズの白い画用紙。それに赤と白の折り紙で切り取った、星とハートのモチーフをペタペタと貼っていくことにした。

画用紙を受け取った子どもたちが、部屋中に散らばっていく。丸まって作業に打ち込む背中が、どれも小さい。あぁ、可愛い。

手作りのシンガポール国旗

中でも際立って体格の細い男の子は、イシャン(仮名)と言った。

インド人の両親を持つ5歳児で、教育センターの”はす向かい”のフラットに住んでいる。

一見普通に見えるイシャンには、ある問題があった。実の父親による、元再婚相手だという母親への家庭内暴力が日常茶飯事だったのだ。イシャンが生まれてすぐ、まだ言葉もわからない我が子の夜泣きにハラワタ煮えくりかえした父親を、母親が制したことが発端だったらしい。次年度に小学校入学を控えているというのに、小文字の「b」と「d」の区別も付いていなかった。センターが終わると、いつも黒髪を横流しにしたTシャツ姿のメイドさんが、顔を隠すようにしてイシャンのお迎えにあがる。手には必ず2人分のリュックを持っているので、センターが終わっても父親のいる家には直帰せず、午後もイシャンを連れ歩いていることが想像できた。

「今日は土曜日だからね〜」

その日、イシャンはポロリと落ちてしまいそうな大粒の黒目をタイル床に向けたまま、「お父さんがマクドナルドのポテトを買ってくるんだ〜」とつぶやいていた。

折角配った白い画用紙には、手も触れぬまま。虹色のカラーペンを一列に並べては、グチャグチャに壊す。その繰り返し。

「それは楽しみね」と声をかけると、彼は「僕も一口食べたぁい!」と言ってそのまま床に寝っ転がってしまった。とにかく、人の目を見て話すことをしない。

イシャンは何を食べるの?という問いには、「フレーク」と素っ気ない返事が返ってきただけだった。

でも、イシャンがこうして日常のことを話してくれるのは珍しい。

調子に乗って「それは…」何味?と会話を続けようとしたのだが、折角のチャンスを別の声が遮った。

Hey ジャパーーーーン!!!

今年6歳になったばかりの、中華系シンガポリアンのジョエル(仮名)である。おーい、邪魔するなって。

いつもオレンジ色のTシャツを着て踏ん反り返っている、ヤンチャ坊主。私の顔を覗き込みながら、何も言わずにニコニコしている。なんだい?

ジョエルはセンターの中でも最年長のお兄さんだった。来年にはローカル小学校への入学が決まっているため、このセンターに通えるのは今年で最後になる。頭がキレる子で、プリント課題も工作も、一番乗りで終わらせることができた。

だけど彼には、別の悩みがあった。

他の子どもたちとのコミュニケーションを、うまく取ることができずにいたのだ。

こだわりの強い彼のクセは明確だった。何かを始めるときは、必ず計画を立てる。そのプラン通りに物事が進めば、とても機嫌が良かったし、その逆も然りだった。よく言えば真面目で、悪く言えば柔軟性に欠けていたのかもしれない。後々、幼稚園教諭も兼任しているセンター長から、ADHD傾向が強いという診断がされていると知らされた。

その日、シンガポール国旗を「赤」と「白」の2色で作るというルールに不満を抱いていたジョエルは、いつも以上に落ち着きがなかった。私たちスタッフが用意した白い画用紙に、紫・緑・黄色など、シンガポール国旗には必要のない色で次々と落書きをしていた。これは、彼なりの反抗の一つだ。気に入らないものに対する「嫌だ」という拒否反応を唐突に示して暴れ始めるので、「なぜ嫌だったのか」という理由や「じゃあどうすれば満足するのか」という解決策を読み取りにくい。

私のアイディアが腑に落ちない時は、わざとシングリッシュではなく広東語で怒りを露わにすることもあった。そうすれば、私が太刀打ちできないとわかっていたのだ。無論、同じく広東語を話せる別のスタッフが対応してくれていたけれど。

発達障がいの注意欠陥・多動性障害(ADHD)という傾向が見られるシンガポール人の子どもたちの割合は、全体の5%とも言われている。土曜教室の中に、ADHDの子どもたちが一体何人いたのかわからないけれど、ジョエルはこうした言動が原因で、平日通っているプレスクールで馴染めずにいるようだった。

座って聞きなさい。先生の言う通りにこなしなさい。大人の命令は絶対だ!

こうした教育方針が顕著であるシンガポールの現地校に進学したら、ジョエルの心のわだかまりには拍車がかかるばかりだろう。

シンガポール人の父親と香港人の母親を持つ4歳のアンジェラ(仮名)は、誰よりも人懐っこかった。視力が弱く、いつも目玉が2倍にも3倍にも大きく見えるようなメガネをかけていた。読み書きを困難とする学習障がいである「ディスレキシア」の予備軍かもしれないと診断されたらしい。2歳の妹アグネス(仮名)と一緒にセンターに通っており、二人とも肩ほどに伸びた黒髪を、頭の高い位置で二つ結びにしていた。メイドが結ってくれるのだろうか。

彼らの母親は、2年前に亡くなった。肺ガンだったそうだ。生後数ヶ月だった妹アグネスは、母親の顔を知らない。理想の母親像をメイドに投影しており、本当の家族のように慕っていた。

今では日中働きに出ている父親の代わりに、亡き妻の親戚とフィリピン人のメイドが、数日交代で姉妹の世話にあたっているという。聞けば父親はまだ30台前半と、若い。シンガポール人の男性は40歳まで予備兵としての兵役義務があり、それが雇用先での昇進・昇給に影響を及ぼすと考えられているため、家庭での十分な時間を取れていないそうだ。

国旗を振って建国記念日を祝う

HDBの教育センターには、こうした色んな事情を抱えた子どもたちが集まっている。

彼らには、きめ細かくて質の高い教育へのアクセスが提供されていない。

外国人駐在員や一部のシンガポール人家庭が教育への巨額の投資を厭わないのに対し、家計や家庭内問題から、我が子に満足のいく教育を与えられない世帯があるのだ。

ますます試されるコミュニティ間での相互扶助

ちなみにセンターにやって来る子どもたちの「母親」は、基本的に毎月行われる面談に現れることがない。世間に顔向けができないのか、事情があって表に出てこないのだ。それでは母親の代わりに、父親、となるんだけど、これもなかなか上手くいかない。それで仕方なく、メイドを面談に呼ぶことも少なくないという。

「教育大国」と謳われ誰もが羨む幼少期を過ごせる…….かのように見えるシンガポールだけれど、こうしたチャイルドケア分野における課題は無視できない。

つい先日は、シンガポールCBDエリア(ビジネス中心区域)の北部に位置するトア・パヨーのHDBで、近所の子どもを預かっていた一人の男性もニュースになっていた。ワケあって夜間に家を開けなければいけない近所の親たちから、代金をもらって彼らの子どもたちを預かっていたというが、それが商業扱い(=違法)という議論がされているという。ちなみに男性自身はADHDの息子を学校には通わせず、自宅で教鞭を執っていた。

シンガポールは多様な文化が共存することで、独特のハーモニーを奏でている国である。HDBでは、宗教や言語が異なる人々が一つ屋根の下で暮らしている。「コミュニティ間での相互扶助」が推進されているはずのHDBでは、お隣さん同士のコミュニケーションは極めて自然だと思っていたのだけれど、案外人々の孤立が深刻化しているようにも思える。日本であれば越してきた先のお隣さんには挨拶をしておくのが礼儀として通っているけれど、シンガポール人の友人ら曰く、最近はそういった風習もないらしい。

アフリカには「子どもは村全体で育てるもの(It takes a village to raise a child.)」という諺があるが、シンガポールのHDBコミュニティにおける子育ての村社会は、個人主義なのかもしれない。

すでに多様な分野で国際社会から評価されているシンガポールだが、今年は最も「子ども時代が守られている国」ランキングにおいても世界トップの座を勝ち取った。

国際NGOであるセーブ・ザ・チルドレンが、6月1日の「国際子どもの日」に発表したレポート「疎外される子どもたち(The Many Faces of Exclusion)」で、1000点満点中なんと987点を獲得し、堂々の世界一位に輝いたのだ。世界175ヶ国を対象とした同ランキングは、子ども時代を侵害する7つの要因として「死亡」・「栄養不良」・「教育へのアクセス不良」・「児童労働」・「早すぎる結婚」・「早すぎる出産」・「激しい暴力による被害」を上げ、他8つの指標をもとに作成された。

社会システム上、上記のような貧困や虐待などに侵害される可能性の低いシンガポールは、まさに幼少期を過ごすには理想的な環境と言えるだろう。

それでも、一つ一つの家庭には様々な事情があり、やはり一筋縄ではいっていないのが現状である。チャイルドケア分野の今後の動向に注目していきたい。

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本日も最後まで読んでくださってありがとうございました!